■お菓子作りの修行
 東京の世田谷区の菓子店でお菓子作りの見習いをしていた当時、毎日が菓子作りの勉強で「美味しいお菓子をつくりたい」と思い日々努力していた。お菓子は、良い材料を選んで正しく仕込み、高い技術でお菓子を仕上げる。これが、美味しいお菓子となるである。
 その菓子店では、毎年見習いの若者が入ってきては、修行した者が出ていくというまさにお菓子を習う僕等にとってたいへんありがたい環境の職場だった。同じ立場の仲間がたくさんいると、とてもいい刺激になり自分のへたくそな部分がよくわかるのである。
 菓子作りの修行は言葉で言うほど単純ではないが、1日の仕事としては、ほぼ毎日同じ事の繰り返しの単純作業である。しかし、天気の良い日もあれば雨の日もあり、まして冬の吹雪きの日もあり、おのずと小豆や米の水に漬ける時間が変わってくるし、胴のさわりの餅の焦げ付きかたも違ってくるので、塩梅を見ながらと奥の深い単純作業と言える。そして、同じ作業を1年通して仕事する事で、火加減や力加減が習得出来るのである。
 お店に出せるお菓子、合格点のお菓子を作れる様になりしばらくすると、「慣れ」のようなマンネリの時間が周期的にやってくる。よく、「商いはあきないでやれ」といわれているが、1日中工場内の仕事なので、いくら修行でも飽きるのである。そんな時、工場に出入りしている問屋さんと話をする機会があり、文京区にいいあんこを作っているお菓子屋さんがあり、こだわり材料の小豆はたいへん値段の高価な良いものをつかっているとの事で、粒がかなり大きく皮が薄い丹波地方の特別な大納言だと言う。それはとても、興味があった。修行という時期の何ごとも勉強という気持ちに火がついた様な感じだった。「え、どんなものか今度の休みに買いにいこうかな。」と思った。問屋さんは、「ここの者がお菓子買いにくる事をその主人に伝えとくよ。」と言って工場を去っていった。普通、お菓子を作っているものが他のお菓子屋のお店に入ると言う事は、なにか後ろめたい様な気持ちがあり、なるべくばれないよう気を付けるものだと思っていたので、すこし戸惑ってしまつた。
 朝から、しとしと雨が降る日だったが電車を乗り継ぎ例のお菓子屋へいく途中である。究極のお菓子に出会える期待と何よりも、自分が菓子に携わっている者で、正体がばれている事のわずらわしさの複雑な気持ちであるが、良くはわからないが心臓がドキドキした。場所は少し車の通りある道路沿いに、のれんと木の引き戸が目立つ店構えですぐに見つける事ができた。「あった。ここだ。」思ったよりすんなり入れたのは、修行の心構えの気持ちの方が高ぶっていたからだと思う。中に入ると当たり前のように、店の売り子がいた。デパートのショーケースの和菓子は良くみて歩いたが、今日ばかりはお菓子が目の前にあって見ていても上の空である。ここは気を取り直して、ご主人に自分の事を取次いでもらう為お店の人(おかみさんだった)に話をした。
  おかみさんは、店の奥の作業場に入ってすぐに出てきて「中へどうぞ」と笑顔で言ってくれた。これは予想だにしない事である。外部の人間を工場に入れる事はしないし、作業の邪魔なのである。こちら、誠意が伝わったのか問屋さんが親切に話してくれたのかとおもったが、ご主人に気持ちに素直に感謝したい。中は、蕷用練りきりの作業中だった。
ご主人は、「この練り切りは、何回裏ごししたと思う?」と話し出してくれた。普通裏ごしは芋(大和、げんこつ芋など)を裏ごしさえ出来ればいいので1回である。しかし、ここでは3回行うそうだ。とても手間のかかる事だが、口どけの良いお菓子のための仕事なのである。しかし、裏ごしの回数の事よりも、こちらが少し緊張しているのでその事に気を使って問題を出したのであろう。ここのご主人は、そういう人なのである。それから2時間あまり作業場で、値段が5倍ぐらい小豆の話、良いのが手に入らなかったので作れなかったわらび餅の話、大学の卒論は、お菓子の丁稚的修行についてだったという話など、本当に為になるお話をして頂いた。「わらび餅」をごちそうになり、おまけに特別な大納言の蜜漬け豆を手に持たせてくれた。何から何まで、お世話になってしまった。もちろん作業風景も見学し工場内には、2、3人の修行中の自分と同じ立場の人間がてきぱきと仕事をしていた。
ご主人とおかみさんに、充分に今日のお礼を言い、お店の門を出た。
外へ出て駅から来た道をゆっくりと歩く。あたりは2時間前と変わりはないが、自分の中ではいい経験をした充実感と幸福感でみたされていたのである。「疲れた〜」だが、気持ちが良い疲労である。ちょっとした勇気とやる気があれば、いい人やお菓子と出会え自分にプラスになるのだと思った。
このような行動は、これが最初で最後である。同じ様に他のお菓子屋さんを見ても新しい出会いや、発見はあるが、訪問する目的がだんだんと嫌らしいものになるような気がしたからである。(いわゆる、なんとかして作り方や材料の仕入れ先を見つけようと。)お菓子作りは、材料、配合が同じでも本当に細かいところで、その人と同じ様にはつくれはしない。たまたまそれより、美味しいお菓子が出来る可能性はあると思うが、「所変われば品変わる」である。だから、近付ける様に努力するべきで、他のお店の工場見学は今は無意味で必要性がないのである。
10年以上過ぎた現在・・・
あれから、2回程おじゃましてはお話させて頂いているが、こちらも職人として成長したつもりで合うのだが、先方は、さらにレベルアップされているので、いやはや先輩には頭がさがる思いである。
<当時の手帳をもとに文章にしてみました。>